晴れて無職となって、数日が経過した。
当たり前だが、平日の真っ昼間であっても自宅にいるような生活である。
出勤時間を過ぎても誰からも咎められることはない。生活は一変した。
時間ができると自堕落な生活になる人は多いらしいが、私の場合、なぜか自分がそのような生活に陥るという心配はしていなかった。今のところ、とても規則正しい生活をしているように思う。
退職後の生活習慣の変化を少し記録しておく。
快適に目覚めるようになった
もともと朝は強い方である。何の自慢にもならないが、生まれてこのかた寝坊をしたことは一度もない(ない筈だ)。
しかし、勤めていたころは朝起きるのがとても苦痛だった。目覚ましをセットしていないと起きることができない。しかも、必ず10分~20分ほど経ってからようやく起きる始末。
休み明けの朝になるともう最悪で、起きるといつも世界の絶望が降り注いできたような気分だった。退職する1カ月程前になると、その絶望は月~金の週5で襲ってきた。
仕事を辞めると、心地よく起きることができるようになった。
だいたい夜10~11時には就寝し、朝5~6時には起きる。目覚ましは不要。一応セットするときもあるが、たいてい鳴る前に目が覚める。
起きてさっそく「今日は何してやろうか」と、思考がアグレッシブになっているのを感じる。
休み明け前の憂鬱な気分にならなくなった
日曜日になると、何かしたいという気持ちが薄れていた。明日の仕事のことを考えると、プライベートのことをする気になれないのだ。
世間ではこれを「サザエさん症候群」と呼ぶらしいが、私の場合は日曜日の午前から既に憂鬱な気分に陥っていた。どこへ行く気にも、何をする気にもなれない。ただ時間だけが無駄に過ぎていく。土日は休みのはずなのに、心から休めるのは土曜日だけだったように思う。
仕事を辞めると、休み明け前の憂鬱がウソのように消えた。日曜日でも何かしようという気になり、趣味のロードバイクによるロングライドや、長時間の読書ができるようになった。時間を有効に使えるようになったと感じている。
きちんと食事をとるようになった
仕事をしている頃は朝食をとっていなかった。もう5年くらい前からそうした生活習慣になっていたので、特に不自由を感じたことはなかった。そのうち、昼もさほど必要としなくなっていた。消費カロリーと摂取カロリーのバランスを考えると、夕食だけで十分だったと感じていた。事実、お腹も減らなかったのである。
仕事を辞めてから、一日に三食とるようになった。不思議なことだが、一日家にいるとなぜか空腹を感じるのである。
朝、昼、夜と決まった時間に食事をとる。とはいえ、朝食と昼食には大した量は要らない。メインを夕食に置き、朝食と昼食は一時的な空腹しのぎ、といった感じである。
一方、食事とは反対に、明らかに飲酒量が減った。以前は平日でも缶ビールに日本酒、場合によってはウイスキーを追加して晩酌というスタイルだったが、現在は夕食時に缶ビールを1本あけるのみである。
勤めていたころは、どこかで酒をストレス解消の手段にしていたのだと思う。仕事を辞めると、ストレス解消による飲酒は要らなくなった。
だが、飲酒量が減ったもう一つの理由は、夕食後の時間を無駄にしたくないと思うようになったからだろう。深酒をすると心地よい気分につつまれて何もする気が起こらない。場合によっては翌日の快適な目覚めを邪魔してしまう。せっかくの時間が無駄になると感じるようになった。
(ただ、長く酒を嗜んできた私からすると、酩酊した状態はとても大切だと思うので、酒に関するスタイルはまた変わる気がしている)
人間らしい生活を取り戻した
人間らしい生活って何だ……と、自ら掲げたサブタイトルに疑問を挟む。
ストレスを抱え、極度の緊張に晒され続けるのもまた人間らしいのではないか、といった思考が脳裏を過ぎる。しかし、それは或る意味で自身を取り巻く関係から半ば強制的に影響を受け続けているのであり、そんなものが人間らしいとはとてもいえないだろう、と思う。
「人間らしい生活」の定義は定かではないが、そのフレーズから容易に想像されるものにしたがってまとめるならば、今のところは何の心配もなく生活できている、ということだ。
もちろん、今後の生活のことを考えると、現状に甘んじて何の心配もなく生活できているわけではない。しかし、それを加味しても、かつて勤めていた頃の生活習慣はこれだけ変化している。
とりわけ、休み明け前に襲われていたあの憂鬱から解放されたことはものすごく大きい。

